昨日までの日記の朗らかな話題とは打って変わって、この国日本に大きなニュースが走りました
福田内閣総理大臣辞任
この報を聞いたときはなぜ今
なぜこの時期に辞任なのか、いろんなニュースを見ていると、こんな解説を耳にしました。
与党の国民への求心力が低下する中、新内閣発足時には高支持率が得られることが多いため、それを利用して政権の維持をはかろうとしている
確かに、政権発足時は国民の関心も高く、支持率もその内閣を通してみた時には発足時が一番高いように思います。
そして最近の政治情勢では与党の支持率が軒並み低下する中、これを好機とする野党との対立構造が表面化し、政権争いを繰り広げているのは日々の報道の通りです。
ここ最近を振り返ってみても、ねじれ国会の中、一つの法案を通す通さないで様々な軋轢を生んでいます。
法案の是非についてはその議論が十分になされないままに国会では可決か否決かについて衆議院への差し戻し可決のためには期間が・・・と本来重視すべき点とは別のところに注目が集まっているように思えてしまいます
またここでひとつ、大切なことが忘れられていないでしょうか。
本当に国民が望んでいることは何か?
今回の退陣劇も、上記に挙げたところに真意があるのであれば、それは国民が中心にあっての判断ではないのでは?と思えてしまいます。
政党の優位性を争うことは、大義名分から言えば選挙で選ばれた国民を代表する立場である以上正当なことかもしれません。
しかしそのことに執心するあまり、本来の主役である国民への配慮が欠けてしまっては本末転倒ではないでしょうか。
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私はいつも心がけていることがあります。
それは「本当に大切なものは何か?」ということです。
何か事を起こす時にはその中心となる考えがあるはずです。
それがカタチだけのものでは意味がありません。
本当にそれを提供する側、享受する側がともによりよくならなければ意味がありません。
以前のブログでも少し触れましたが、やはり誰のためのものか、何のためのものか、は見失ってはならず、そしてそれはどうすれば意図どおりに受け入れられるか、については常に考えていかなくてはならないと思います。
当初の目的を忘れて間違った方向に向かってしまわないよう、常に心に留めて精進したいと思います

