東京開発の新人その


この

専門学生シュンスケから、
ヘキサドライブ開発部 プログラマー シュンスケになりました

これから末永くよろしくお願いします

人生初ブログということで、今回は夢のお話です。
小学校

「クリエイター」という言葉を知りました。
当時まだプランナーやプログラマーなどの細かい分類は知りもせず、
「ゲームクリエイターに、俺はなる

と言い始めた記憶があります。
なりたい理由は色々ありましたが、一番はやっぱり、
ゲームが好きだから

もちろん本気でしたよ☆
ただ、まだまだ「ゲームを創ること=仕事」とイメージ出来る年齢では無かった為か、
クラスメイトには笑われたものです

あれから


好きなことをさせてくれた親の理解もあり、
この夢を無事叶えることが出来ました


本嫌いだった私が、活字ばかりの技術書

あの頃の自分では考えられない進歩です。
成せば成るとはよく言ったものです。
しかし、本当の闘いはこれからです

小学生だったあの頃よりは、いくらか知識が付き、
視野も広がりました。
電車

社会的なゲームの位置づけも、ずいぶん変わった気がします。
でも、変わらないものとして、小学生の頃の毎日が遊び

これからもずっと忘れずにいたいと思います。
その上で新しい事には貪欲にチャレンジし、
このヘキサドライブと共に世界で活躍できるよう、
毎日を一歩ずつ大切に進んでいきたいと思います
